火遊びが好き!

ワイルダー・アベニューに凄い虹が出ました!
今日はカスコが異常な混みようで、こんなに人が並んでた、、、。
カスコ、、、このスペックでこの値段は安いと思います!
チェリー・ターンオーバー。美味しそうだけど、めちゃ甘いんだよねこっちのは、、。
見つけました!やっと手に入れた34年前ジャック・ニクラウスが46歳でマスターに勝ったとき使ったと同じ型のパター(左)。右が通常のピン型パターだけど、その大きさはなんと1.5倍以上。どでかいです、、汗。
ハワイコロナ情報、ハワイ報知電子版より!

健太が子供のころ歌った歌に「青い目の人形」って言うのがあった。

青い目をしたお人形は アメリカ生まれのセルロイド
日本の港に着いた時涙を一杯浮かべてた
私は言葉が分からない 迷子になったら何としょう
優しい日本の嬢ちゃんよ 仲良く遊んでやっとくれ
仲良く遊んでやっとくれ

戦前日米間が様々な問題を抱えて、

雲行きが怪しくなったのを憂慮したしたあるアメリカの宣教師が、

子供同士の「人形交流」で将来の日米の親善友好を育てたいと、

12,739体の人形を日本に贈ったそうだ。

そしてそれを記念して出来た歌がこれ!

歌詞を作ったのは野口雨情。

子供の健太はそんなことは知らずにこの歌を良く歌ったもんだ。

してぇ、

この歌詞の中で今でも気になるのが「セルロイド」、、ってところ。

健太が子供の頃はプラスチックなんてなかったので、

現在プラスチック製のものは当時殆どセルロイド製だった。

よって、

子供たちの周りには下敷きや定規など、セルロイド製のもので溢れていた!

実はこの「セルロイド」、

甚だ危険な代物で、

発火点が低くすぐに火がついて、

火が付くとメラメラといとも簡単に燃え上がる。

小学生高学年になると健太の仲間の間で「ペンシル・ロケット」が流行った。

アルミ製の鉛筆のキャップ2つを逆さにして繋げてにロケット風に3本の足を付ける!

その中にセルロイドを小さな破片にしたものと、

花火から抜き出した火薬を詰めて、

マッチの頭をそのキャップを閉じた尻に着けて火をつける。

「シュル・シュル・シュルッ!」

こいつが面白いほど青空に向かって飛んでゆくんだな~!

「火遊びはだめ!」っておっかさんに良く叱られたっけ、、。

また当時はフィルムなんかもセルロイド製だったので、

映画館で上映中のフィルムが燃えちゃうことがあった。

サスペンス・ドラマが佳境に入って、

手に汗を握っているその時、

メラメラとフィルムが燃えて映画は中断!

全く白けるよね。

それにしても良く火事にならなかっと思う、、。

なんだかんだ、火遊びの大好きな健太でした、、(笑)・

火遊びが好き!” への15件のフィードバック

  1. そうでした! セルロイド。

    すぐにぺコンと凹む人形、あれは確かセルロイド。
    メラメラよく燃えました。

    私の少年時代の心はそのままセルロイド。
    可憐な少女を見かけるとメラメラ直ぐに燃え上がりました。

    私の心を粉々にしてケツに詰めてロケット遊びだと?
    あああああ、同じ少年時代でもこんなに感受性が違うのね、セルロイド。
    腫れて熱が出るのはアデノイド。

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  2. 健太さん
    セルロイド、懐かしいですね。
    私の記憶からもしばらく抜け落ちた名詞です。
    その上にペンシルキャップのロケット、思い出します。
    私の時代は少し違っていてアルミキャップは同じですが燃料が小さな短冊状に切った下敷きとマッチの頭でした。
    アルミキャップは単体で開口部を燃料を詰めた後ペンチで潰していました。
    発射台は蒲鉾の板やバルサ材でカスタム製作していました。
    ペンシルロケットを発射台にセットしてローソクで炙っていました。
    中のマッチ棒先端部とセルロイドが発火してロケットは勢いよく発射台を飛び出します。
    たまに足に当たったりして火傷をしたこともあります。火遊びという言葉も懐かしいですね。

    そうそう上映中に映画のフィルムが燃えたことよくありましたね。
    親父から聞いた話ですが映画は全て10リール(巻)程度に分割されて当時は全ての映画館に置けるほどフィルムのリールがなかったので近場の映画館同士で一本の映画を回し上映していたそうです。
    最初のリールが終わると自転車に乗ったお兄ちゃんがそのリールを上映時間を少し遅らせた別の映画館に運んでいたそうです。途中でお兄ちゃんが事故にあったりするとリールが来ないことになり待っている映画館は映画の途中で突然進行が止まりドしらけになることもあったようです。

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  3. 手製ロケット, 私の時代は oyaji さんの製造方法でした。
    火遊び大好きの健太さん, お互い対象がロケット🚀では
    無くなり ワヒネ になり火傷ヤケドもしました⁉️

    花札大丈夫か❓ 口先番長 ペラ〜 喋るオバやん、
    その三下だった 売田ジョーやん、行動力はどうかなぁ⁉️

    オンリー トーク(おしゃべりノミ) で ノー アクション 行動力
    ゼロ はもうたくさんだ👎. 破廉恥の花札、井戸端会議の売田、
    米国🇺🇸の前途も多難だ… 😢

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  4. PS
    何度も言うが, ヒゲの正やん (佐藤正久議員) はエエぞ‼️
    苦労人, 勿論 Noノー世襲、自衛隊での指導力が
    イランで絶賛を浴びた👍 頼むぞ 正ヤン 。

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  5. 健太さん、おはようございます。

    確かキューピー人形もセルロイドでしたよね。懐かしい言葉ですが、ロケットの火遊びは経験が無いです。爺はもともと火遊びは苦手で、品行方正な生き方しか出来なかった。火遊びが経験豊富で”危険が危ない”健太さん、そこに何故か魅力を感じ引き込まれるのは何故でしょうかね?映画フィルムもセルロイドだったとは知らなかった!

    健太さん、日本では経済活動のテコ入れを盛んに行っていますが、ハワイでは何か地域経済のテコ入れは行われているのでしょうか?観光客の入国規制解除の施策はニュースとなっていますが、航空各社の運行スケジュールはコロナ感染者の動向次第の感じと海外旅行のニーズ、特に安全性が鍵を握っているように思えますが如何でしょう?

    爺は大腸の内視鏡検査でポリープ摘出の手術を昭和医大で11月6日に行うことになりました。検査時ポリープ摘出分は良性とのことですが、未摘出の中に変形ポリープがあるそうで、画像を見ましたがチョイ心配です。

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  6. 野口雨情なんですね、もの悲しげな異国の匂いが・・・。 お祖母ちゃんが映画好きで、住んでた麻布材木町のお寺の焼け跡から歩いて霞町の3本立て映画館によく行きました。 笛吹童子、里見八犬伝、日本海海戦・・・セルロイドだったのか。 材木町には六本木ヒルズが建ってます。 

    今週も240ヤードドライブがありました。 キャリー220位。 左脚始動、左腰じゃないかなー?あと50ヤード先は長いです。

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  7. タロやん、
    青山で育ったので、其の
    映画館知っています。
    姉が中村錦之助、東千代之介のファンだったので…
    お供でよく行きました。

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  8. Tedさん、青山ですか! 進駐軍将校のアメ車に自転車でぶつけました。 鞍馬天狗のアラカン、千代之介の相手高千穂ひずるよく覚えてます。 日本の歴史は霞町の場末映画館で習ったようなものです。

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  9. ゆぶぶさん

    メラメラと燃える心、、、セルロイドの心はとても危険ですね、、(汗)。
    しかし燃えやすく冷めやすいのも確かです。
    すぐに燃え尽きてしまうのです、、(笑)。
    しかしそんなにすぐに燃えちゃうと、
    心がいくつあって足りません。
    年を取ると中々セルロイドも燃えにくくなりますよ!
    ロマンチックがプラスチックに代わってしまうのです、、(笑)。

    oyajihawaiiさん

    Oyajiさんとは時代もちょっとずれているし、
    住んでいた地域も世田谷(?)と杉並と、ちょっと離れてましたね、、。
    でもやっぱり子供たちのやる遊びは、同じ火遊びです、、(笑)。
    ペンシルロケットを発射台にセットしてローソクで炙っていたんですか?
    そいつは危険度が高い。だって何処へ飛んでゆくか分からないじゃないですか!
    足に当たったというのも納得です、、(笑)。
    昔は映画の掛け持ち上映は当たり前で、
    荻窪と吉祥寺で同じ映画を上映していると、
    フイルムは1本、
    自転車で順次終わったリール巻を運んでいました。
    おっしゃる通り、自転車になにか途中で事故が起きると、
    フィルムが届かず長い間待たされる事もしばしば!
    正に昭和の良き時代でしたね、、(笑)。

    Tedさん

    ははは、
    何処もみな同じようなことをして遊んでいたんですね!
    当時、横の連絡などないので、
    ペンシルロケット遊びは自分たちだけだと思ってました。
    花札も売電も、どちらが勝とうが我々にはあまり変わりはなさそうです。
    ただ心配なのはセンター国の動向です。
    日本はセンター国にアメリカより近いので、
    何か起こるとすればアメリカより先に行動させられそうです!
    そこをちゃんと抑えられる日本の政治家はいるのでしょうか?
    髭のタイ長佐藤さん、頑張って欲しいですね!

    Takashiさん

    今晩は!
    ははは、、火遊びは苦手だったんですか?
    あんなに面白い遊びは他にはありません、、(笑)。
    昔は今のプラスチック製品が殆どセルロイドでした。
    よって映画館の火災は結構多かったようです!
    日本ではGo toトラベルやGo toイートとか様々な経済テコ入れをやっていますね。
    ハワイでも500ドルの食事クーポンなどを始めたようですが、
    全て失業者の為で、
    私やトンマは失業者ではないので関係ないのです、。
    500ドルの食事クーポン欲しいなあ、、(笑)。
    ポリープ摘出の手術をなさるんですね!
    変形ポリープなんて、最近の医療は進んでいるので全く心配ありません。
    のんびり温泉にでも行くつもりで行ってきてください、、(笑)。

    タロッペいたばしさん

    麻布材木町、、懐かしい響きです、、。
    あの辺は焼け跡だらけだったんですね!
    霞町で友達が弾き語りをしていました。
    ギターも歌も下手糞なのに、
    堂々とやっていたのには驚きでした、、。
    昔は3本立ての映画館沢山ありましたね!
    健太は蒲田に越してから3本立て良く行き来ました。
    その頃は既に笛吹童子の時代ではなく、
    日活映画華やかなりしころで、
    赤木圭一郎とか裕次郎を良く見に行きました!
    笛吹童子の頃は荻窪や西荻、、だったかな、、。
    あのころ吉祥寺にも映画を見に行きました!
    240ヤードですか?凄い!
    健太は相変わらず200~230の間でうろうろです、、涙。

    Tedさんタロッペいたばしさん

    中村錦之助、東千代之介、高千穂ひづる、大友柳太郎、
    そのあと里見浩太朗。大川橋蔵、、、
    当時東映に知り合いがいて、東映の映画は全部タダで見ていました!
    その東映の人が「俳優は大金を稼げるぞ!」とその出演料を聞いて、
    良し俺も!、って、、
    健太が俳優になろうと思ったのはその時の影響です。
    今思うと全くバカげた話です、、、(笑)。

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  10. 健ヤン、タロやん、
    代々木のワシントンハイツ(進駐軍居住区) は緑の芝生で
    綺麗な住宅地、子供心にもアメリカ🇺🇸の豊かさを感じ
    ました。 (健太さんが金網フェンスの外で, ギブミー
    チョコレート と叫んでいたんだろうなぁ😢)

    錦ちゃんの飼っていた大型犬2匹(グレートデン) に愛犬
    散歩中に襲われたが、近所の秋田犬が助けてくれました。
    当時の秋田犬は超大型の出羽系秋田犬(大館犬),強い犬
    でした。

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  11. PS
    頑丈で強い堂々とした、出羽系秋田犬は進駐軍の人達に連れられて
    アメリカに渡り、現在はアメリカン秋田(独自の犬種)として人気があり、
    多く飼われています。
    日本での秋田犬はその後、純血⁉️を追求した結果、一般的に中型犬サイズ
    になりました😢

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  12. Tedさん

    健太は少年時代は高井戸で、代々木辺りは余りうろつかなかったですが、
    進駐軍がいたら「ギブミー・チョコレート!」ってやってたと思いますよ、、(笑)。
    それにしても良い所に住んでいたんですね!
    秋田犬、いいね~!
    でも最近日本犬は高いです、、。
    健太が子供の頃スピッツなんて最低でしたが、
    ジャパン・スピッツは最近けっこうな値段するそうですね!

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  13. 売田は井戸端会議の爺さんだからなぁ…
    加えて口先番長だったオバやんの三下が長い、
    大丈夫か…. ⁉️

    いいね

  14. フィルム火災というのは私の世代だと、経験もないし、ちょっと想像も出来ませんが、Giuseppe Tornatore監督の名作『ニューシネマパラダイス』でも、そういう場面はありますね(#^.^#)。
    フィルムが可燃性であった為に、逆に処分しやすいという考えもあったそうで、今のように映像作品のの二次利用なんて発想のなかった時代は上映後に焼却処分されるケースもあったとか?
    なので、小津安二郎、溝口健二等、世界的な巨匠のサイレント時代の作品のいくつかは処分されてますよね)^o^(。
    私は一時期、旧い邦画に凝ってましたが、山中貞雄の『人情神風船』を観て、”何て凄い監督だ⁉️”と思い、この監督の全作品を観ようと決意したものの、現存は3作品しかなく、しかも、同監督作品を殆ど観た新藤兼人さんによると、”山中貞雄の残ってる作品は彼としては駄作の部類”だそうで、愕然としました(°▽°)。

    しかし、インターネットの普及で、既に配給会社にないような戦前の小津安二郎、溝口健二、村田実、野村芳亭、牛原虚彦、五所平之助等の作品でも各地のコレクターが所有しているという情報が流れ出しました。でも、その殆どは表に出ず、コレクターが大事に保管してるだけみたいです(*☻-☻*)。
    よく、お酒の蒐集家が開封してないボトルを後生大事に飾ってますが、お酒が呑まないと意味がないように映画も観ないと無意味だと思います(≧∀≦)。
    ちなみに黒澤明の『白痴』の完全版はロシア人コレクターが所有してるそうですが、所有者以外で観たのは数人だけだそうです( ̄∇ ̄)。
    映画も芸術的資産だから、いつの日か公開されなあかなー\(^o^)/。

    いいね

  15. Tedさん

    2回目のディベイトで、
    「あんたたちがしっかりしなかったから、
    俺が今ここにいるんだ、
    あんたたちがちゃんとしてたら俺は必要なかった!」
    正にその通りでしたね!

    Takebeさん

    そうかあ、、Takebe さんの年代はフィルム火災なんて経験ないでしょうね。
    健太の頃は日常茶飯事でした。
    そう言えばいろんな名作が燃えてなくなってしまったようですね!
    今の時代に見られればまた何かいいアイディアが生まれたかも知れません。
    山中貞雄の名前は知ってますが、『人情神風船』、まだ見たことがありません。
    機会があったら見てみたいです。
    日本は東京大空襲で様々な資料を灰にしてしまいました。
    実に悲しいことです。奇襲攻撃をした日本にアメリカが激怒したことは分かりますが、
    一般市民を大量に死なせている、
    東京大空襲・広島・長崎の原爆は決して人類として許せるものではありません。
    アメリカの言う「悪いのはお前らだ!」は本当にそうだったのか、
    健太の小説にもありますが、
    当時余りのも各分野で急発展して行く日本に、
    アメリカが嫉妬して敵愾心を持ったのも事実です。
    アメリカもまだまだあの頃は幼かったのです。
    論点がずれちゃいましたが、
    貴重な数々のフィルムなんとか見たいですね。
    所有者は大切にしまい込まないで公開して欲しいと思います。
    黒澤作品は殆ど見てますが、
    「七人の侍」はやっぱり群を抜いています。
    それでもちょこちょこ難点が見えます。
    製作した時代が時代なので仕方ないことですが、
    ひょっとしてその難点が作品全体を際立たせているのかも知れません。
    今彼が生きていればもっとすごい作品が生まれたような気がします。
    それと何故でしょうか、
    作品によってはモノクロ・フィルムのほうがずっと存在感があります。

    いいね

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