
キングのパンダ・エクスプレス。今日はここのテイクアウトだ!

店内には席があるけど、まだ座っては食べられません、、。

ハワイの地鶏。アロハ地鶏です、、(笑)。

ヤシの木さえ載ってれば、ハワイからだってわかるよね、、(笑)。

プルメリア。いつ見ても美しい!

プルメリア、こんなに綺麗に健太は撮れません。あまり綺麗なのでオサムさんの写真から拝借しました、、(笑)。

ebay(オークション・サイト)でたまったゴルフ・クラブを売りに出しました。なんと1970年代のゴルフクラブなのに新品同様、立派なコレクター・アイテムだ!

乱切りキュウリの浅漬け。ハワイ産の日本のキュウリだ!

これで2日分です!

ハワイコロナ情報。ハワイ報知電子版より。
さて今日は写真のハワイの、日本の「キュウリ」についてのお話。
分けわかんないだろうけど、まあ聞いてください。
1970年代、
健太はカリヒの日本・ナイトクラブ「つる」に出演していた。
お陰様でクラブは連夜満杯!
しかしクラブのオーナーのリサ・ママは水商売から手を引きたがっていた。
理由は、
正に水商売だからだ!
「あまり長い間やる商売じゃない!」
リサママは何とか新しい商売をしたいと考えていたのだ。
そこでママが考えたのが「農業」!
当時ハワイには良い野菜が中々手に入らなかった。
特に、
キュウリと茄子!
アメリカのキュウリも茄子も、デカいばかりで味がない。
丁度健太がバケーションで1週間ばかり日本へ帰ろうとした時だった。
「健太、日本のキュウリと茄子の種、内緒で持ってきてくれないかなぁ、、」
ママが日本へ向かおうとする健太に言った。
「キュウリと茄子の種ですか?、わけないけど、また何ですか?」
「ほら、ハワイのキュウリも茄子も、美味しくないじゃないか。
わたしゃハワイで日本のキュウリと茄子を栽培したいんだよ!」
アメリカに他国の種を持ち込むのは禁止だとは知っていたけど、
お世話になっているママの申し出。
断るわけにはいかなかった。
それから何年かしてリサママはナイト・クラブを畳んで、
農業へと転身、
見事に健太の持ってきた日本のキュウリと茄子の種を育てて、
ハワイのスーパーに商品を並べた!
残念ながらリサママは其の後交通事故で亡くなってしまった。
しかしあのリサママの育てた「日本ののキュウリと茄子」の子孫は、
未だにハワイのスーパーに並んでいる!
何時もスーパーでキュウリを買うたびに、また漬物にして食べるたびに、
あの時のことを思い出す、、、。
「1本でもニホンのキュウリ!」
そう言ってハワイでできた最初の日本のキュウリを、
健太に差し出したした時のリサママの笑顔がまだこの瞼にしっかり焼き付いてる!
あれは1970年代中頃でした、、、。
![imgp3246[1]](https://kentahawaii.com/wp-content/uploads/2020/06/imgp32461.jpg)
悲しいお知らせです。先輩で仲良しの音楽家・服部克久さんがお亡くなりになりました。心からご冥福をお祈り申し上げます