欲しいもの!!

とんまが行ってきたシカゴの街。左の鏡の細いビルがトランプ・タワー!
オアフ島に帰って来て、エバの西側上空からパシャリ!
ダニエル・イノウエ空港の虹と、ウィキウィキ・バス!
ヤシの木の実デイツ(?)が色づいてきました!
ウェストロック・GC、11番グリーン。
頂いた「鳳仙花」の鉢、満開です!
ゴルフ場で拾ったミリオン・ダラー札(1億1400万円)!使い道が無いので貯金しておきます、、(笑)。
昨日の歩数です!

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ご覧いただいているミリオン・ダラー札 (1憶1400万円札)、

幸運なことにゴルフ場の駐車場で拾いました !

嬉しいけど、こんな大金健太は使い道を知りません。

別に欲しいものもないし、

取あえず箪笥預金にしておきます、、(笑)。

恐らくワン・ミリオンダラーあれば、

結構なコンドも買えるだろうけど、

別に今住んでいるところに不服もないのです。

年を取ると欲しいものってだんだん無くなって来るよね!

欲しいとしたら「健康」位なものだ。

*****

などと言いながら、

実は、

昨日長らく待った「欲しいもの」が届いたのです!

見てください、

「エルビス・プレスリー」のシグネチュアー・モデル・ギターです。

エルビスが弾いているエルビス・プレスリーのシグネチャア・ギブソン!
昨日届いたエルビス・プレスリーギター!!

早速弾いてみたけど、かっこいいね~!

健太がプレスリーになったみたいな気分です、、。

もっとも、歌がもう少し上手くないとね~(汗)。

日本人観光客を大切にしろ!

そろそろクリスマスがやって来る。電飾を付けたロイヤル・ココナッツ・ツリー
なんとなくこの前の月食が撮れました!!
日曜のカスコは混んでます、、、。
ドール・キャナリー、閑古鳥が鳴いてます、、。
健太家から見えるルーズベルト・ハイスクール!
前回案内した健太の大好きなノンフィクション作家、吉村昭作品。まだまだ他に沢山倉庫に入ってます。
景色を撮ったつもりでカメラを下ろしたところで、シャッターが入ってしまった!

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今日の4枚目の写真、ドール・キャナリー。

かつてハワイのパイナップル産業が盛んだったころ、

ここに缶詰め工場があったのだ。

昭和育ちの方なら一度は食べたことがあると思う、

ハワイ産の缶詰めパイナップル、

皆ここで作られていたって訳。

しかし1980年代には、

ハワイのパイナップルが台湾や東南アジアとの競争に勝てず、

撤退を余儀なくされた。

そこでこの工場の跡地を観光スポットにしようと、

日本の旅行社と提携、

ちょっとしたショッピング・センターを作ったのだ。

それがこのドール・キャナリー!

それにより日本の観光客が大挙して押し寄せた。

しかしそれもつかの間、

日本の旅行社と契約が切れると、

今まで来ていた日本の観光客の足はぱったり止まってしまった。

結局は今はご覧の通りのゴースト・ショッピングセンター、

もちろんローカルは、

旅行者向けのこんな処には興味が無いので足を向けない。

恐らくオーナーは莫大な損失を被っていると思う。

アロハタワー!!

さてその日本の旅行社、

このドール・キャナリーを出ると今度はアロハ・タワーに拠点を置いた。

アロハ・タワー側は周りにショッピングセンターらしきものを作って、

日本の観光客を受け入れたのだ。

一時は沢山の日本人観光客で賑わうことになる。

しかしここも、

契約が切れて日本の旅行社が出て行くと、

ドール・キャナリーと同様、

閑古鳥が鳴いてしまう。

(現在はハワイの私立大学が入っている)

恐らくドール・キャナリーもアロハ・タワーも、

契約更新時、莫大な更新料を請求したに違いない。

ハワイの不動産業界ではそれが恒例、

もちろん日本の旅行社としは、

とても受け入れなれない金額だったに違いない。

*****

結局何が言いたいかと言うと、

このコロナ禍の中、

アメリカ側の観光客はそこそこ回復しているけど、

日本の観光客の方は未だにほぼゼロに等しい。

アメリカ人観光客はハワイで金を落とさない!

正直のところハワイの観光客向けのビジネスは青息吐息、

そんな訳で、

ワイキキのレストランやお土産屋さんは殆ど、

明日にでも破産に追い込まれそうな状態だ。

「やっぱり、

日本人観光客が来てくれないとハワイはダメだ!!」

恐らく観光客向けのビジネスに携わる人たちは皆感じているはずだ。

彼らは以前からそれを知っていたけど、

「日本人観光客がハワイを支えている!」などという事は、

口が裂けても言えない。プライドがそうさせている。

(業界に長年いたのでそれは肌で感じていました!)

件の、

ドール・キャナリーでもアロハ・タワーでも、

もっと日本人観光客を大切にしていれば、

こんなことにはならなかったの思うのです。

健太がワイキキのホテルで営業をしていた時も、

客のほぼ70%が日本人客、

従業員は日本人観光客のお陰で給料をもらえているのに、

そうした日本人観光客に対して感謝を口にしたことを聞いたことが無い。

これはハワイの観光業に30年近く身を置いた健太の、

偽らざる思いです。

ま、ともあれ、

一日も早くまた以前のように日本人観光客が来てくれることを、

願うばかりです。

ハワイのみなさん、

日本の旅行社や日本人観光客を、

もっと大切にしてください!!

凄い偶然!!

シカゴからの帰路、ダイアモンドヘッド上空。トンマ撮影!
向こうの緑はワイアラエ・ゴルフコース。
カピオラニ公園、その手前がクウィーンズ・ビーチ。
ワイキキのホテル群。中央三角屋根の左隣2軒目が健太が勤めていたホテル。
その山側の黒っぽいホテル(ヒルトン・ワイキキビーチ)にも勤めてました!
そのちょっと左側から、、。ビル群の向こうの緑はアラワイ・ゴルフ・コース。
最左端のピンクがロイヤル・ハワイアン・ホテル。
中央手前扇型のホテルがシェラトン・ワイキキ。
アラワイ運河&ヨット・ハーバー。
中央ガラスのコンドがシンフォニー・タワー。その右丸い白がニール・ブレジデル・センター
ちょっと飛んで、左中央の茶色がパンチ・ボール!!
左にダウンタウン、パンチ・ボール手前の四角いビルが州庁!
ダウンタウン。左手前にアロハ・タワー。
ホノルル・ハーバー。
ホノルル・ハーバー2。どんどん高度も下がって空港に近くなってます。
今日の歩数です!
ハワイなのにアフリカン・チューリップとはこれ如何に!

**********

吉村昭さんの小説が好きでよく読みます。

戦艦武蔵、高熱隧道、アメリカ彦蔵、零式戦闘機、

ふぉん・しぃほるとの娘、

等などノン・フィクションが多い。

今ちょうど彼の随筆集を読んでいるところなんだけど、

その中に

「世間は狭い」と言うくだりがあって、

世の中には「偶然と言う凄い」ことがあるものだと語っている。

*****

あるロシアの作家が吉村宅を訪れようと、

ロシアからやって来た。

吉村氏の作品の中にロシア語に翻訳されたものがあって、

彼は吉村氏にとても興味を持っていたからだ。

そのロシアの作家さんは、

ロシアの女性を通訳として連れて来ていて、

成田空港に着いたロシアの作家さんは早速その通訳を通して、

近くを通る女性を捕まえ、

「作家の吉村昭さんのお宅へは、どうい行けばいいでしょうか?」

と尋ねたそうです。

ロシアの作家さん、

広大なロシアから見て日本など小さな村、、、

とでも思ったのだろか、

空港で誰かを捕まえて聞けばわかると思ったらしい。

ところが、

尋ねられた女性は偶然、

吉村昭氏の近所人だったのだ!

「吉祥寺で降りて、、、」

そのロシアの作家さん、

無事に吉村昭氏の家を尋ねる事が出来たそうです!

本当に世の中には、

恐ろしいほどの「凄い偶然」が起きることがあるよね。

*****

1990年ごろ健太は、

ラジオ・KOHOと言うハワイの日本語放送局でDJ をやっていた。

とある晩、

CD を掛けたのは良いけど、

そのCDの歌手のことを健太は全く知らなかった。

「結構の年配なのにCDを出せるなんて、

この人どんな人なんだろうか、、、」

みたいなことを曲が終わった後で喋ったと思う。

すると即スタジオの電話が鳴った。

「ラジオKOHO 、健太でーす」

と電話に出る軽薄・極楽とんぼな健太。

ラジオではそんなキャラの方が受けるのだからしょうがない。

「そのCD の女性はね、劇団四季にいた人なんですよ」

「あっ、そうなんですか!いやー知らなかった。

ありがとうございます!」

*****

当時健太はホテルに勤めながらDJ をやっていて、

更に「クラブ夢幻」と言う所でライブ出演していた。

あの電話がかかって来てから半年くらい経ったある晩、

健太はカピオラニの「クラブ夢幻」に出演していた。

ステージが終わるとベースマンの女性友達が来ていて、

客席に呼ばれた。

一杯ご馳走してくれるそうだ。

ベースマンの友達は女友達を連れて来ていた。

「カンパーイ!」

ビールも入って4人の話が盛り上がる。

暫くして、

ベースマンが連れて来た女性友達が健太の方を見て、

「あなた健太、、、さん、、って言ったわよね」

突然のまじめな質問に一瞬場が白けそうになった。

「はい」

女性は席からにじり寄って来た。

「あなたの声どっかで聞いたことがある。あなたラジオに出ていない?」

「はい、出てますよ。ラジオKOHOに水曜と日曜日の夜」

「やっぱり!

ほら何時だったか劇団四季の女性の事で電話あったでしょ?」

「あ、そう言えばそんなことあったかも、、」

「あの電話、あたし!」

「えーっ、そうだったの!」

偶然とは凄い!

まさかだよね、、。

でももっと凄いことがあるのだ!

その女性が、

実は「とんま」なのです、、、(笑)。

今頑張らずに、何時頑張る!

とても珍しい夕日を受ける虹!
雲が綺麗でした!ウェストロック5番。このずっと向こうの、、、
荒涼とした山裾を背景に高架鉄道試運転車が走って行く!
おや?ゴルフ場内に人工物らしき遺跡が、、。
その先はこんなになってました。
ここらあたりは1800年代後半、サトウキビ畑だったところで、その何かの施設がここにあったに違いない!

Oyajiさんと昨日ランチに行ったけど、
このレストランのとんかつ定食が最低(とんかつの大きさがコロッケ大)でした。
これで税込み一人20ドル!

でもウェイトレスが可愛そうなので、2人でチップ8ドル置いてあげました。
名誉のためレストラン名は伏せておきます!
ニジヤのとんかつ,この値段で大きさが昨日のレストランの倍ありました!
こことか、、、
こことか、、、
こことか、、、
こことか、、、
こことか、、、
他にいくらでもあったのにね、、、汗。
とんまがこの前行ってきた、デンバーのユニオン・ステーション。良い雰囲気です!

**********

コロナ禍の中、

商売は何処も大変だと思います。

特にハワイの場合、

日本人観光客が来ないと、

お土産屋さんもレストランもまるでだめ!

恐らく相当数店を閉めたと思う。

頑張ってやっているところは本当に大変だと思います。

そんな中、

昨日はoyajihawaiiさんとまたランチ。

こんな時期なので毎回何処で食べようかと迷ってしまう。

あちこち覗いたりしたけど、

結局キングストリートの和食レストランに行くことに決めた。

Oyaji’さんも健太も「とんかつ」大好き人間なので、

メニューを見て即決!

「とんかつ定食2人前!!」

ウェイトレスに頼んだ。

しかし、

暫くして出て来た定食プレートを見て、

Oyajiさんと健太の目と目が合った。

「何だこりゃ!」

互いの目がそう言っている。

メニューはカラー刷りで分厚い豪華な奴だった。

そこに写っていた「とんかつ」も立派なもの!

だっちゅうのに、

出て来たとんかつはコロッケみたいに小さくて薄い!

それと3点の添え物がめちゃみすぼらしく干からびている。

プラス味噌汁は味噌が入っているのかいないのかくらい薄くて、

顔が映りそうだ!

おまけにご飯がボソボソで2人とも食べきれずに残しました。

*****

わかります、、、。

厳しいんだよね、今。

家賃は高いしレイバーだって馬鹿にならない。

商売あがったり、、。

でもさ、

だからと言って客に出す商品が粗末じゃあ、

もう商売投げ出したも同然じゃないのさ。

こんな時期だ、こんな時期だからこそ、

頑張って「お客さんにより良いものを提供しよう!」

そんな気持ちがなくちゃやってる意味もない、、。

今頑張らずに、何時頑張るんだよ!

*****

覚えてるよね、ケワロ湾の5ドル・ランチ!

凄い、

こんな大変な時だっちゅうのに、

5ドルの弁当を出している!

知ってる?

だからこの5ドル弁当の店連日長蛇の列で、

メニューが売り切れ続出なんだぜ!

家賃が安いのを割り引いても、ヤッパリ凄い!

ここに、懸命な努力が読み取れます、、、。

ケワロ湾の5ドル弁当!!
5ドル弁当、フィッシュかつ。でっかいのが二枚入ってます。
とんまは一人で食べきれませんでした!

究極の和食!!

プリンセス・カイオラニ・ホテル。向こうにちらりとモアナホテルが見える。
今朝トンマがミーティングで行ったつもりが、ミーティングはハイヤットでした、、(笑)。
慌てて向かったハイヤット・リージェンシー!手前の囲いは元・キングスビレッジ。
新しいホテル建設はその後進んでいません、、。
健太はラグーンのFedExに荷物を取りに行って来ました。
ラグーン、天気が悪かったです、、
ラグーンには小さな航空会社が沢山あります。健太の小説「ホノルル1041」にも出てきます、、(笑)。
壊れたセスナなんかが置いてありました、、。
新しいスパークリング・ウォーター「アハ」!
さすがコカ・コーラで出しているだけあって、意外と美味しかった
火曜日の歩数です!

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昔に比べるとハワイでも日本食品が結構手ごろな値段で手に入る。

1967年54年前、

健太が初めてハワイに来た当初はインスタント・ラーメンすら貴重品、

一つのインスタント・ラーメンを、

バンド・メンバー4人で分け合って食べたこともある。

2021年現在健太家の食品は、

カスコ(コストコ)やサムスで大抵賄える。

そこで揃わない時は日本食品専門店「マルカイ」、

「ドンキ」「ニジヤ」などで入手する。

それでもこのコロナ禍では、

トンマが日本へ行けないので、

日本と同じ、、、というわけには行かなくなっている。

米はカリフォルニア産も最近は美味いコメがあるのでそれで何とか、、、。

しかしやっぱり本物の日本のものが食べたい!

「寿司」「とんかつ」「ラーメン」「美味しいパン」などなど、、。

そんな具合に本物の日本食が食べたくなると、

健太はまず飯を炊く!

そしてタクアンを「ざく切り」にして。

温かいご飯に載せてこいつをかき込むのだ!

タクアン・メシは昭和生まれの健太にとって究極の和食、

いや~、これで結構満足できるのである、、(笑)。

ぶつ切りタクアン!

気のゆるみ、、、、

カスコ(コストコ)に行って来ました。
ランチはコスコのホット・ドッグ、1ドル50セントでコーラもついてくる。これが結構うまいのだ!
ダウンタウンのホノルル市庁舎(ホノルル・ハレ)、1929年に当時の金額で総工費75万ドルで完成!
カカアコのタウン・アート。
カカアコ・ダウンタウン・コンド群!
自主隔離期間じゃなかったの、石川遼選手?!

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10月23日(日本時間)プロゴルファー・石川遼選手は、

来季の米下部ツアーの出場権獲得を目指してアメリカに来ていた。

2次予選会に出場した彼だが残念ながら5打及ばず、

最終ステージ進出前に敗退した。

その直後には「いつ帰国するかもわからない」

と言っていた石川選手だったようだがその数日後、

思いがけない場所に彼はいたと言う。

「10月27日の事でした。

つい先日まで、

アメリカで試合に出ていた石川選手が千葉にいたので驚きました。

帰国したのは早くても24日のはずですよね、

帰国後は14日間のクウォランティーン期間があるはずのに、

その彼が一般人もプレーするゴルフコースに出て、

仲間とラウンドをしていたので驚きました」  

千葉県内のゴルフ場に居合わせたある利用客の一言。

実は石川選手は今年6月、

東京五輪の強化選手としてアメリカから帰国後、

特例で隔離期間を免除されたことがあった。

そのせいもあって、

「自分は特別!」と思って

そんな行動に出てしまったのかも知れないが、

日本を代表するプロ・ゴルファーの一人である石川遼選手、

こんな気のゆるみがアメリカ下部ツアーすら突破できない、

精神的弱さを作っているのではないだろうか、

とても残念だと思います、、、、。

<ヤフー・ニュースを参考にさせて頂きました>

嘘しか言いません!

縦虹が出ました!
ココナッツ・ツリーの脱皮!下に垂れている枯葉が脱皮部分だと思ます、、。
手前のヒョロヒョロはパパイヤ!
タロッペさんが懐かしいワイマルの出口です、、(笑)。
「バインヤード」?いえいえ、皆さん「ヴィニヤード」って言ってるように聞こえます。
ここから出てダウンタウンに行けます。
マック、健太の大好きなダブル・クオーターポンド!
ダイアモンドヘッド、、ではないのです!パンチ・ボールです。
初めてハワイに来た頃に良く感違いをしました!
健太のアイアン&パター!
今日はこんな歩数でした!

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健太の体調ですか?

大丈夫!

「今日も元気だ肩が痛い!」

肩が痛いのは生きてる証拠、

まあこの年になればその程度なら「元気」、

と言っても差しつかえありません、、(笑)。

皆さん聞いたことがあると思うけど、

ある病院の待合ロビーで、

大勢の年寄りが自分たちの番を待ちながら歓談をしている。

「山田さん、今日来てないわねえ?」

「ああ、そう言えば来てないね、どこか具合が悪いんじゃないの、、、」

*****

ある村の床屋さん、

彼は「自分の髭を剃らない人だけ」髭を剃るそうです。

「、、、、、」

またその村の村長さんは、

「私は嘘しか言いません!」

と、常に言っているそうです、、、(笑)。

ははは、、こう言うのレトリックって言うよね、、。

きっと皆さんも一度は聞いたことあると思います!

Nothing is too late!

H-1 フリーウェー・ウェスト、下り坂の先は真珠湾!
わーっ、我が家に向って雨がやって来るぞ~!ハワイは雨期に入ってます。
ケワロ湾の山側カカアコ地区。
そしてケワロ湾!!
ケワロ湾もコンドの工事が終われば、少しは景観が良くなると思います、、。
そして、さっきの夕焼けです。

**********

壁を破れ!

前回このブログにそんなことを載せた。

で、

以前にそんなことを口にした健太に、

「健太、いい爺さんが、

ガキじゃあるまいし、いまさら何言ってんだよ!」

って言われたことがある。

人は色んなことを言うよね。

と言うのもその昔、

健太が何かの折に「もう年だし遅いかもね、、」って、

言ったことがあるんだけど、

それを聞いていた小学生の健太の長男が、

「パパ、学校で習ったんだけど先生は、

Nothing is too late! って言ってたよ!」

「、、、、、」

皆さん、子供だって知ってます!

80歳だって90歳だって、

何事も遅すぎることはありません!

とにかく「Nothing is too late!」、

ガキじゃあるまいし、って言われても良い、

明日死ぬかもしれないという時でさえ、

心行くまで思いっきって挑戦しようよ!

壁を破れ!!

ウェスト・ロックGC7番ホール脇を走る、高架鉄道試運転車!久しぶりにお目見えです。
でも資金不足で完成は2031年だそうです。またその不足資金の調達方法も今のところ見当たらない、、だとさ、、涙。
さっき山沿いに出た虹!
お馴染み、ウェストロック16番ホール。
おっと危ない、ちょっと制限速度オーバーでした、、汗。
日本食品店、マルカイに行ってきました
ハワイズ・ベスト・ファーストプレイス、マルカイさん受賞したのかなあ、、
この本の著者は医学博士「荒木治義」、警視庁の鑑識課にいた健太のお爺ちゃんです!
様々な殺人事件の鑑識結果やその方法などが盛りだくさん。
この「ホノルル1941」は健太の著書、、。上のお爺ちゃんの本が1941年発行だったのは驚きです。
それは健太の生まれた年でもあります
月曜日の歩数です!

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何か新しいことをやろうとするには、

目の前に立ちはだかる壁を破らなければならない。

その壁を破るのは大変なことで、

ちょっとやそっとではなかなか叶わない。

しかし、

中には「天才」なんてのがいて、

いとも簡単にそいつを破っちゃうことがあるのだ!

健太の業界で言えば、

エルビス、ビートルズ、、、。

彼らは最初、

一部から強烈な迫害、反発を受ける。

エルビスは当初、

「白人が黒人のような発声で、体を卑猥に動かして歌う不道徳歌手だ!」

とアメリカの多くの大人たちが眉をひそめた。

また、ビートルズは、

「所詮彼らはチャック・ベリーやエルビスの亜流だ!」

と評されてそっぽを向かれた。

大谷翔平などは、

「単なるべーブルースの真似じゃないか!」と言われたこともある。

しかし間違いなく、’

彼らは今までの壁を完全にぶっ壊して前進してくれた!

大谷に関しては今や「べーブルースを超えている!」

とまで評されている。

さて凡人健太君、

何とか目の前の壁をぶっ壊そうと、

夜も寝ないで昼寝して、頑張ってます!

しかし「夜も寝ないで昼寝して、、」

などのジョークを平気で口にすること自体、

壁を破ろうとする者の姿勢からは、

およそかけ離れている気がしないでもないけどね、、汗。

恩返しはしてくれますか?

ワイキキのインターナショナル・マーケット・プレイス。久しぶりに、、、
やってきました!
中には昔のままのバニアン・ツリーとサインがありました!
まだこんな店あるんですね。ガラガラでした、、汗。
ミツワ、日本のコンビニもあります。
な、なんと健太の本「ホノルル1941」を売っててくれました!!
カラカウアとロイヤル・ハワイアン角。
ワイキキ・ビジネス・プラザ。日本の旅行社が沢山入ってます!昔は鯉の絵が描いてありました
無料雑誌のラック。わー、殆ど何にもないね!

**********

トンマの会社UAの日本行きフライトが、

未だに何時再開されるか分からない。

お蔭で健太もトンマも日本に行けなくて困ってます。

それもこれも「憎っきコロナ」のせいだ。

どう考えてもこのコロナは中国・武漢発に間違いはない。

世界中がこれほど困らされていると言うのに、

一向に中國政府から詫びの声が聞こえない。

一体何時からあの国はあんな国になってしまったのだ、、。

健太は子供のころから、

中国の昔話を読んで沢山のことを学ばせてもらったのに、、。

*****

昔、中國洛陽に鬼谷(きこく)という村があった。

そこには鬼谷先生と呼ばれる先生がいて塾を開いていた。

そしてそこからは蘇秦と張儀と言う優れた人物が排出された。

中國・戦国七雄では「秦」が超大国で、

「楚」がこれに次いで「斉」がその後を追っていた。

かつての大国「晋」は韓・魏・趙の3っに分裂、

合わせて「三晋」と呼ばれ統一されない限り小国に過ぎなかった。

そこで「蘇秦」は「合従(がっしょう)」と言う説を唱えて、

「趙」に徴用された。

「合従」とは超大国「秦」に対抗して、

後の6国が力を合わせて立ち向かえば何とかなる!

と言うものだ。

結果「蘇秦」は「趙」の重臣となった。

しかし実際に「秦」から攻められてしまえば、

それでも防ぎきれないのが現実だった。

もしそんなことがあれば、

蘇秦はたちまち失脚させられる。

一方、なかなか目が出ない「張儀」は、

「同級生の蘇秦が『合従』ならば、俺は『連衡』だ!」

「連衡」、つまり横並びで平和を守ろうと言うもの。

そんな時、

蘇秦から置いてきぼりを食った張儀にある人が言った。

「同級生の蘇秦さんに良い仕事を斡旋してもらっては、、」

張儀はそれに従って趙の「蘇秦」に面会に行くが、

蘇秦は中々会ってくれない。

張儀は腹を立てて「趙」を去った。

怒りが止まらない張儀は、

「よし、こうなったら『秦王』に仕えて「蘇秦」を滅ぼしてやろう!」

と言って「秦」へ向かった。

然し何のコネもない上、

たとえ運よく良い推薦者に出会えたとしても、

何らかの「手土産」くらい持って行かねば話にならない。

と、

運の良いことに、

同じ宿に居合わせた宿泊客が「張儀」の人柄・才能にほれ込んでか、

「私の手もとに丁度『黄金』と『布地』『馬車』がございます。

それをご用立てしましょう!」

と言ってくれたのだ。

張儀はこの幸運に小躍り、

取あえず秦王に合えさえすれば「実力」には自信がある、

得意の弁舌が相手の心を鷲掴みしてしまうのだ。

はたして「秦王」に会った張儀は秦国に重用されるようになった。

そのころ、

あの支度金品を揃えてくれた男が急に帰国すると言い出した。

「あなたのおかげで私はこうして出世出来ました。

これから恩返しをしようと思っているのに、何故急に?」

と張儀が言うと、

「張儀さん。実はあれは全部『蘇秦様』のお計らいなのです。

冷たくあしらってあなたを発奮させようとなさったのですよ、、、」

「うーむ!」

張儀は思わず唸った。

<この戦国の世の中、

何時相手に助けてもらわなければならないことがあるやも知れぬ、、

まさかの時には頼むぞ!>

蘇秦の心の声が張儀にはっきり聞こえた・・。

張儀は万が一何かが起こればいの一番に蘇秦の力になろうと、

深く心に刻んだのだ。

*****

さて現代中国、この張儀のように、

新幹線技術をはじめ様々な技術を提供、

更にODAでは莫大な金額を投じて手助けをした日本への恩返,

心から考えていてくれているだろうか、、、。