悲劇のヒロイン・カイウラニ!

ワイキキ、かつてこの地域一帯をアイナハウと呼んだ。
クヒオ道りのプリンセス・カイウラニ像。
プリンセス・カイウラニに関する説明。
プリンセス・カイウラニ・ホテル。
幼い頃のプリンセス・カイウラニ。
23歳の若さで亡くなったカイウラニ、、
着物姿のカイウラニ。日本の皇族、山階王定麿(やましなおうさだまろ)との縁談ばなしがあった、、。
水曜日の歩数。
4K、58インチ。わっ、安っ!

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プリンセス・カイウラニは1875年10月16日生まれ。

叔母のルース(カメハメハ5世の異母姉)から、

誕生日プレゼントとしてワイキキの土地を譲り受けた。

一番上の写真には旧モアナホテル及びモアナ・サーフライダー、

ハイヤット、そしてプリンセス・カイウラニ・ホテルを映してみたが、

カイウラニが譲り受けたのは、

その全域 及びクヒオ道りからアラワイ運河辺りまでに亘る、

広大な土地だ。

カイウラニはその土地をアイナハウ(涼しい場所)と呼んだ。

当時はワイキキは田舎と思われていて、

白人たちにはまるで人気なかったと言う。

ハワイ7代王・カラカウアはカイウラニを養女にして、

王位継承者第一位としていた。

日に日に白人勢力が議会内で力を持ち始める事に危惧して、

なんとか彼らと袂を分かとうとしていたカラカウア。

そこで日ごろから日本に好意を持っていたカラカウアは、

日本の皇族山階王定麿とカイウラニの婚姻を画策する。

だが日本側が皇室に外国の血が流れるのを良しとせず、

丁寧に断られてしまう。

次いでサモアのマリエトワ王と、

同族の結束を呼びかけ政治同盟を締結したまでは良かったが

マリエトワ王はやがてドイツによって国外追放となり、

カラカウア王の夢は海の藻屑と化してしまった。

そんなカラカウアの弱味に付け込んだ白人グループは、

益々つけあがり銃でカラカウア王を脅し、

白人たちに有利な憲法にサインさせてしまった。

失意の中で酒におぼれたカラカウア王は健康を害し、

治療先のサンフランシスコで亡くなってしまう。

カイウラニはその時王族として立派な教育を受けるため、

イギリスに留学中だった。

よってカラカウア王の妹・リリオカラニが第8代王に即位したが、

それもつかの間、

白人たちによってリリオカラニは強引に退位させられてしまう。

イギリスに留学中のカイウラニは急遽ニューヨークへ飛んで、

アメリカ大統領のクリーブランドに直訴、

一瞬問題はクリーブランドによって良い方向に向かったが、

結局ハワイの白人たちの強硬姿勢により、

元の鞘には戻らなかった。

カイウラニはじっとしていられなかった。

8年ぶりにイギリスからハワイに帰ったカイウラニだったが、

時すでに遅し、

すべては白人たちの手に落ちていて手も足も出なかった。

帰国したカイウラニはハワイ島に旅行に出かけた。

しかし不運にも乗馬の出先で大雨に会って発熱、

アイナハウに戻ったカイウラニだが医師の努力も空しく、

帰らぬ人となってしまった。

1899年3月6日、プリンセス・カイウラニ23歳、永眠。

実は健太がこうしてハワイの歴史を調べて行くうちに、

大きな疑問符が浮かんで頭から離れない。

これをハワイ報知新聞の「ハワイ色の空の下」に、

いつしか載せたいと思っている。

オアフ島ゴルフコース

パリゴルフコース、13番ホール・パー5.後のコオラウ山脈が美しい!
モアナルア・ゴルフコース、5番・パー5。
ウェストロック・ゴルフコース、打ち下ろし5番・パー3。
ホノルル・カントリークラブ(HCC)、9番ホール・パー5。
ハワイ・カントリークラブ(クニア)、10番ホール・パー3。
エバビレッジ・ゴルフコース、12番ホール・パー5。
バーバーズ・ポイント・ゴルフコース、1番ホール・パー4
カフク・ゴルフコース、3番パー3。
ママラ・ベイ・ゴルフコース(ヒッカム)、2番パー3。
ママラベイ・ゴルフコース、上空より!上の2番ホールの写真は中央ちょっと右、緑の半島部分辺り。
手前の滑走路がダニエル・イノウエ空港のリーフ・ランウェー。
アラワイ・ゴルフコース、9番パー4のフェアウェーから、、。
アラワイ上空写真。手前のグリーンは13番、パー5
テッドマカレナ・ゴルフクース、8番パー4。
ワイアラエ・カントリークラブ、1番パー4。ソニー・オープンでは10番です。
ネービー・マリン・ゴルフコース、7本のヤシの木は「リメンバー12月7日」と言う意味。
感じ悪いよな~。
オロマナ・ゴルフ・リンクス、10番パー4。
ハワイ・プリンス・ゴルフコース。歩いているのはお元気だった頃の服部克久さん!!
パール・カントリークラブ、打ち下ろし7番パー4。
ハワイ報知電子版より、コラム「ハワイ色の空の下」第11回目。
ハワイの最新ニュースがたった1650円で入手できます!

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今回はオアフ島ゴルフ・コース特集。

健太が行くコース全部は見つからなかったけど、

一応目についたものを挙げてみました。

こうしてハワイはゴルフ天国ではありますが、

最近物価高でどんどん値段が上がっています。

ハワイのミニシパル(市営コース)はビジターが、

18ホール歩きで90ドル、カート+26ドルとめちゃ高い!

恐らく日本の何処かの割引料金などの方がきっと安いよね、、。

健太は今腰痛が再発、ドライバーが打てない!

かといって、

運動は必要なのでボールは殆ど打たず、

歩き目的でコースへ出ています。

時には歩くだけでも腰が痛いので18ホール全部回れず、

途中でやめています。

でも、とにかく歩くことだけは止めたくありません。

「歩きは百薬の長」

お爺ちゃんの遺言、守ります。

歩かなくなった時が「命を諦めた時」です!

木曜日の歩数でした!!

ダイアモンドヘッド様!!

上空からのダイアモンドヘッド!
ダイアモンドヘッドのすぐ下の民家。
ダイアモンドヘッドをバックに建つカラカウア王銅像!
ダイアモンドヘッド登り口。
ダイアモンドヘッド入り口トンネル前!
このトンネルをくぐって火口へ!
火口へ出ます!
頂上へ向かう途中景色。
頂上からワイキキを見下ろす!
すぐ下にライトハウスが!
ダイアモンドヘッド・ロードから見上げるダイアモンドヘッド!

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今日は「ダイアモンドヘッド・特集」!

オアフ島が形成されたのは今から250万年から400万円前の事。

その後の長期にわたる侵食を経て、

コウラウ山脈とワイアナエ山脈が出来て、大方のオアフ島の形が安定した。

このダイアモンドヘッドは、

30万年ほど前に起こった噴火の結果形成されたと考えられている。

広い受け皿型の噴火口は300エーカーに亘る広さ、

火口の横幅は深さよりも大きくなっている。

疑灰山岩により形成された火口丘は、

独特な形を示す優れた一例として、

1968年に国立自然史跡に指定された。

ココヘッドからワイアナエ迄、

オアフ島南側全景を見渡せる事から、

山頂はオアフ島の沿岸防衛には理想的な場所。

1904年に連邦政府に買い上げられて、

軍用地として指定された。

伝説によると火の神ペレの妹「ヒイアカ」が、

このダイアモンドヘッドを見て、

アヒ(マグロ)のレア(額)に似ていると言って「レアヒ」

と名付けたと言われ、

ハワイアンたちは「レアヒ」と呼んでいた。

後に白人たちがそこから光る石が見つかったことで、

「ダイアモンドヘッド」と名付けたのだが、

ハワイアン達にはそれが「カイマナヒラ」と聞こえて、

「カイマナヒラ」などと言う歌も歌われた。

「カイマナヒラ」は「ダイアモンドヘッド」の事です。

一方健太は、

このオアフ島で一番偉そうなのがダイアモンドヘッドだ!

と思ったので敬意を表して、

「ダイアモンドヘッド様」と呼んでいます、、。

何か悩み事や願い事がなどがある時は、

健太は何時も、

ダイアモンドヘッド様に手を合わせてお願いしています。

実に霊験あらたかな「ダイアモンドヘッド様」です!

いやー、本当は内緒にして置きたかったんだけどなぁ、、、(笑)。

ま、皆さんも何か悩み・願い事があったら是非お試しください。

健太のコンドからはダイアモンドヘッド様が真正面に見えます!

若い頃の写真をカラーに!

野辺山で合宿の時、ドラマーのフランキーと!
撮影所の前で仲間の若手俳優たちと!この時健太はタバコなんか吸ってますが、30代でやめています!
左端の彼がテレビドラマ「青春とは何だ」のメインキャストの高松君を演じていました。後に健太のバンドのリードボーカルです!
撮影所の中庭の池のほとりにて、、。
同じ中庭の池のほとり。
女の子は2枚目の写真と同じ新人女優で、ガールフレンドじゃありません、、(笑)。
高校三年生の健太、東長崎(豊島区)の友達の家の前で。
この頃はまさか後でハワイに来るなんて思ってもいませんでした。

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今日の写真は、もとはモノクロ写真。

最近のPhotoソフトはすぐれもので、

AI を使って古い白黒写真をカラーにしてくれます。

多少おかしなところもありますが、

ま、こんなもんでしょう。

こうして若い頃の写真をめくっているようでは、

まぎれもなく年を取った証拠ですが、

ま、たまには回顧主義も良いもんじゃないでしょうか。

大スターを夢見て輝いていた頃です。

こうして振り返ってってみると、

とても良い青春時代を過ごさせて頂いたと思います。

感謝感謝の一言です!!

さ、

後はどんどんあっちへ向かって進んで行くのみです、、(笑)。

タイムスリップ!

ダウンタウン名所ワシントン・プレイス。
最後のハワイ王、リリオカラニ女王が女王の地位を追われて余生を過ごしたところ。
ワシントン・プレイス・サイン
ハワイ州立図書館。イオラニ宮殿のすぐそばです。
ベセル街、ハワイ劇場。
中央郵便局。カメハメハ大王像の隣、イオラニ宮殿の真ん前です!
元・横浜正金銀行ビル。戦前はこの銀行が日系人に多用されました。マーチャント街&ベセル街。
ヌアヌ街・日布時事(ハワイ・タイムス)ビル。残念ながらハワイ・タイムスは現在廃刊されています。
ハワイ州庁。ベルタニア通り。
アロハ・タワー!
What’s up next スタチュー。ビショップ通り。
元・デリングハム交通ビル。2階には戦前FBI ホノルル支部があって、日本のスパイを追っていた!
ホテル・ストリートのクラブ・ハバハバ。
1970年代日本人観光客を集めて「実演セックス・ショー」をやっていた。

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第二回目、ダウンタウン・名所シリーズ。

やっぱり昔は全てダウンタウン中心だったので、

古い貴重な建物が沢山あります。

それだけに十分見ごたえがあって、

こうしたビルを見ながら当時のハワイに思いを馳せる!

まるでタイムスリップしたような気分になれる。

誰ですか1970年代にタイムスリップして、

「実演ショー」を見たいなんて言ってるのは、、(笑)。

健太ですか?

もちろん当時見に行きましたけど、

あれは見るもんじゃなくて、

自分でするものだと悟りました、、(笑)。

懐かしのプカシェル!

カラカウア王が建てた「イオラニ宮殿」。
イオラニ宮殿の兵器などを置く倉庫。
イオラニ宮殿にある「ガゼボ」
イオラニ宮殿の前にあるキングカメハメハ像。
カメハメハ像のサイン!
カメハメハ像の後ろは州司法ビル。
カメハメハ像からワイキキ寄り150メートル付近にある、お馴染み「カワイハオ教会」。
カワイハオ教会敷地内の廟。
カワイハオ教会の隣にある「ミッションハウス」。ハワイ最古の木造建築!
イオラニ宮殿右、道路を挟んで隣のYWCA。
ハワイ・ステート・ミュージアム!実は大昔の「ロイヤル・ハワイアン・ホテル」です。
ハワイ報知新聞コラム連載「ハワイ色の空の下」第10回目。ハワイ報知電子版はたったの1650円です是非ご購読ください!

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今回はホノルルの、ダウンタウン・名所シリーズ。

何時も書いているように、健太がブログを始めたのが2004年。

既に18年経っている。

以来ずっとブログ用に写真を撮って来たので、

膨大な量の写真が健太のPC に入っている。

それを整理し始めて早Xヶ月、

何しろ4万枚近くあるので未だに整理しきれていない。

しかし整理しているうちにふと考えてしまった。

幾らこうして写真の整理をしたところで、

これらの写真はずっと健太のPC の中に埋もれたままで、

健太が死んでしまえば誰にも見向きもされず、

このPC ごとどこかに「ポイ!」だよね、、涙。

ま、それは仕方がないとしても、

これらの写真が勿体ない、、って言うか可哀そうだ。

そこで、

健太が脈々と積み重ねて来たこれら大量の写真に、

何とか陽の目を見させてあげたい、、

と感じたのです。

ま、4万枚もあれば殆んどがジャンク写真だけど、

中にはそれなりのものもあるので、

これからそれ等をここに載せようと思います。

もちろん最新の写真も併せて掲載はするけどね。

そんな訳で、

まずは「ダウンタウン・名所シリーズ」からご覧頂きました!

金曜日のウェストロック18ホールの歩数です!
懐かしい「プカシェル」が出てきました。1970年代後半、流行ったよね。
エリザベス・テーラーもしていました。
これは偽物、本物は高くて買えませんでした。

ノースの荒波にもまれた貝殻に穴が開いたのがプカシェルです。
当時ノースショア―にこのプカシェルを採りに行ったっけ!恐らく今でも一つや二つは採れると思います。

何度言っても言い足らない!

マップNo.71 アウェオウェオ・ビーチパーク。
違う日に撮影したアウェオウェオ・ビーチパーク!
この辺も危険そうです、、、汗。
キャンプ・モクレア。利用者は事前に許可を取って下さい、、って書いてあります。
バケーション・レンタルのモクレア・サンセット。
マップNo.72 モクレア・ビーチパーク。
少しは人がいました、、。
波はとても静かでした。
上空からのモクレア・ビーチ。向こうの半島がノース・ショアー!
グライダーで撮影しました。
もう一枚!
 モクレアも南側に行くとこんな感じ、、。
モクレアの外れ、あの突端がカエナ・ポイントだ!!
ノース方向を振り返ると、、、。
モクレアの外れを上空から。
カエナポイントまで来ました。カエナポイント・モクレア・セクション!
ビーチパーク・シリーズNo.1で載せたカエナ・ポイント・マクア・セクションのサイン。
これでオアフ島一周になります。
実際はカエナポイントで道は塞がれていて回れません!
上空から。一番手前がカエナ・ポイント周辺。
一番向こうの突端がカエナ・ポイント。
グライダーではぐるりと回って、マカハ側のヨコハマベイからカエナポイント辺りを撮影出来ました。
海岸沿いに道のようなものが見えるけど、道はなくて昔汽車が走っていたところだと思います。

行ってないので分かりませんがきっと未だに線路はあると思います。
だってナナクリ・マカハ辺りには、まだこんな具合に線路が残ってますから、、。
パイロットはもちろん健太ではありません、、(笑)。
ヨコハマベイ側からカエナポイントへ向かって、道が途絶えたところ!これ以上進めませんでした。
今回はマップNo.71,72でした!

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ビーチパーク・シリーズ最終回、

今回はマップNo.71, 72 をご覧いただいてます。

これでオアフ島徒歩一周が終わりました。

今回も写真に載せましたように、

道路標識に弾痕があってとても危険なところもありますので、

くれぐれも健太の真似をなさらないように!

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こうしてオアフ島を歩いて感じたことは、

何度言っても言い足りないほど、

「ハワイは素晴らしいところ!」です。

これで治安が良ければもっと素晴らしいんですが、、、、。

デリングハム飛行場のグライダー。
グライダーを引っ張る飛行機。これで空中適当な高度まで引き上げたグライダーを離します。
Takebeさん、倉庫いっぱいのドル札です!

歩きは百薬の長!

ハレイワのアナフル・ストリーム・ブリッジ!
ハレイワからが、いわゆるノース・ショア―だね!
マップNo.68 ハレイワ・ビーチパーク!
ハレイワ・ビーチパークのサイン!
ハレイワ・ビーチパークはとても広範囲です。
ここからだと白く小さくコリアワーの慰霊碑が見えます。
パークの左側遠方にはモクレアのカエナ岬が見える。
来た方向を振りかえっています
ハレイワ・ジョーズ!
サーフ・ショップの「サーフ&シー」!
これはワヒアワ側からハレイワに来たとき。あの海がハレイワの海だ!
マップNo.69 ハレイワ・アリイ・ビーチパーク。
どこからがアリイ・ビーチパークだか良く分かりません
一番端にハレイワ・ボートハーバーがありました。
向こうにアナフル・ストリーム・ブリッジがが見える。
途中海岸線に道がなくてこんなところを通りました。
ワイアル・シュガーミール!
マップNo.70 カラカベイ・ビーチパーク。
今回はマップNo.68,69,70 を載せました
金曜日のゴルフの歩数。

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ビーチパーク・シリーズ第18回目。

今回はマップNo.68,69,70を掲載させて頂きました。

早いものでビーチパークも残すところあと2ヶ所、

次回は、

出発点のカエナ・ポイントを反対側から載せます。

南側からのカエナポイントと、

北側からのカエナポイント、

かなり様相が違うのがとても興味深いです。

してぇ、

去年恐らくワクチンの副反応だったと思うのですが、

5月にぶっ倒れて以来ゴルフもせいぜい週一でしたが、

やっと最近週二回、

18ホール歩いて回れるようになりました。

健太の爺ちゃん(医学博士)の「遺言」、、

とまではいかないけど、

彼の常日頃の口癖だった、

「歩きは百薬の長!」

が再び実践できるようになりました。

歩くことで血流が良くなって「脳梗塞」や「心筋梗塞」、

はたまた「成人病」や「生活習慣病」のリスクが、

グンと軽減されるのです。

どんな薬よりも「歩く」ことが人間にとって一番の薬!

こうして歩けることに、感謝感謝の一言です、、、、、。

でも、もう一度「オフアフ島一周歩き」をやれと言われても、、、

自信、、、ありません、、涙。

軽率行動を慎もう!

マップNo.63 カハワイ・ビーチパーク!
マップNo.64 ププケア・ビーチパーク。
ここはププケアだけど、多分シャーク・コーブと呼んでいる辺りだと思います。
ちょっと岩場もあります、、、。
山側のFood Landの角を登って、、、
この丘に来ると、、
やがてこのプウオマフカ・ヘイアウ(神殿)に来れます!
古代ハワイアンたちのヘイアウ(神殿)。
ヘイアウの案内板!
プウオマフカ・ヘイアウの頂上から左手を見下ろすと、ワイメア・ビーチが一望に見渡せる!
ここからもクジラが見えるようです!
マップNo.65スリー・ テーブルス・ビーチ。すぐそこに3つテーブルがある❕
マップNo.66 ワイメア・ベイ・ビーチパーク。
ワイメアはこんな具合に湾になています。
ワイメアの名物はこの大きな岩、皆この岩に登って遊んでいます!
ハレイワ側から見たワイメア・ビーチ。あの白いチャーチがこのビーチの目印です。
ビーチの山側はワイメア・バレー。ワイメアの滝、レストラン植物園などがあって、
昔はオプショナル・ツアーでとても賑わっていました。
時代の移り変わりで、ここも人気が陰っています、、、。
ワイメアのヘイアウ!!
バレー側からビーチ方向をパシャリ!
バレー側からのワイメアの橋。
ビーチ側で橋を渡る人!
マップNo.67チャンズ・リーフ・ビーチ。ワイメアのすぐ隣なので向こうにあのチャーチが見える!
チャンズ・ビーチ。大分ハレイワが近くなってきました。
その半島の向こうがラニアケア・ビーチです。
マップに載っていないラニアケア・ビーチ。皆集まっているのはホヌ君(亀)を見に来たのです!
最近は少し良くなったみたいですが、いずれにせよみんな駐車場で困っています、、。
ホヌ君はいないのか、、、?
うーむ、やっぱりいないのかなあ、、、。
あっ、いました!でっかいホヌ君がいました!
しかしホヌ君の2メートル以内に近づいてはいけません!これは望遠で撮っています。
今回はマップ No.63, 64, 65, 66, 67 を載せました。

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ビーチパーク・シリーズ16回目、

今回はマップNo.63, 64, 65, 66, 67をご覧いただいています。

今回のビーチパークは見所満載で、

それぞれのビーチには特有の個性があって、

時間をかけてじっくり楽しめるところだと思います。

やはりノースはそう言った意味でも最高です!!

特にラニアケア・ビーチは皆ホヌを見に来るので、

人気がありますが、

駐車場が確保できなかったのが問題です。

しかし最近道路の向こう側にちょっとは場所が確保できたようです。

オアフ島一周を歩いていて、

一番安全だったのはノースでした。

と言うのは道路には常に車が走っていて、

何処にも人がそれなりにいるので、

マカハのように襲われるような危険は、まずないと思います。

しかし不慣れな皆さんには「オアフ島一周歩き」は、

絶対にお薦めできません。

安全第一、ハワイには銃がゴロゴロあります!

何処で安倍さんのように狙われるか分かりません。

彼らは意味もなく狙ってくる場合もありますからね!!

下の標識の写真はマカハで撮ったものですが、

そのほかワイマナロやモクレアでも標識への弾痕をみています。

軽率な行動はくれぐれも慎みましょう!

こうした拳銃の試打ちのようなものは、そこここで見ました!
健太は持っていませんが友達の銃です!!

スター不在!

健太の部屋から見える、マキキ墓地に献花に来て下さった安倍さん、、、。
健太が今読んでいる本。
健太が今読んでいる本⑵
ニジヤの寿司弁当、これで16ドル99セントです。
久しぶりに万歩計で測ってみました。ウェストロック18ホールの歩数です!
ハワイ報知電子版より「ハワイ色の空の下」第9回目。
ハワイ報知電子版はひと月たったの1650円で申し込めます!

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ご存知のように安倍元首相が亡くなられました。

以前にも述べたように安倍さんは健太の後輩(13歳下)で、

噂では健太と同じ担任の先生だったという。

健太が「ハワイ成蹊会」の元・会長だっただけに、

ただただ悔しいの一言です、、、。

と言うのもいずれはハワイに安倍さんが来たときには、

「ハワイ成蹊会」に出席して頂くことになっていたので、

何時かは会えると思っていたんです、、、。

今更それを言うまでもありませんが、

ご存知のように安倍さんは偉大な政治家で、

その業績は歴代の首相の中でも群を抜いていました。

それだけに敵も多く、

今回のような結果を招いてしまった、、、

ともいえるかもしれません。

ロシアによるウクライナ侵攻、

日に日に緊張が増してくる台湾・尖閣周辺。

話しても分からない連中から、

身を守らなければならない現在の日本の状況において、

安倍さんが居なくなったことは実に痛手です。

後は安倍さんに次ぐ、

優秀な政治家が出て来てくれることを願うばかりですが、

スターの生まれにくい現代社会、

果たしてそんな人材が今の日本にいるのだろうか、、、。

安倍さん、お疲れさまでした。

ゆっくりお休みください、、。

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急遽ビーチパーク・シリーズはお休みしました。